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2011年03月26日

東海村JCO臨界事故

1999年9月30日茨城県東海村にある核燃料加工施設で発生した事故です。
製品であるウラン溶液を均質化する工程で、本来とは異なる方法(裏マニュアル)で
作業を行った結果(いわゆるバケツで混ぜていた)、臨界状態となった。つまり、
普通の街中にいきなり丸裸の原子炉が出現した状態になりパニックになりました。
この事故で667人の被爆者と2人の死者がでました。事故は10:35に発生、
その後、12:30に500m圏内の住民に避難勧告、10km圏内の住民に屋内退避の
警告が発令されました。街中がいきなりパニックに陥った訳です。

一般道路、高速道路、電車もストップ。住民は屋内退避、換気扇を止める。
住民は目に見えない放射性(中性子線)の事故に驚き、その恐怖に怯えたと思います。
その後、事故は収束したのですが、政府の指示によって作業を命じられた作業員の
方々は残念ながら亡くなりました。彼らもまた被害者だったのかもしれません。
こうして東海村JCO臨界事故は、当時国内最大規模の原子力事故として、
記録に残されました。その教訓はその後の原子力発電所に活かされたと信じます。

ここで紹介しておきたかったのは、東海村JCO臨界事故で実際に作業を行い、
結果として17シーベルトの被爆をされた方の83日間の闘病記録です。

▼「朽ちていった命」 NHK取材班 



 (注)クリックで本の抜粋記事を
 読む事ができますが内容はかなり悲惨です。
 放射能被爆の恐ろしさが分かると思います。
 本当に読むべきと思った人だけご覧下さい





放射線は目に見えない・・・だから怖い。正しい科学の知識を身につける事が
恐怖を取り除く唯一の方法だと思います。人間は8シーベルトの放射能を被爆
すると100%死にます。1シーベルトで20%くらい。これが基準値だったと思います。
この事故で3人の作業員の方が10~20シーベルトの被爆をして2人が無くなりました。

今回の福島第一原発での放射能漏れの数値は、確かに建屋の中は高いですが、
10km、20km圏内では数十マイクロシーベルトの数値です。自然界に存在する
放射能の数値の何倍・・・という報道を聞くと、高い様に感じますが、マイクロという
単位は百万分の一という意味です。つまり数十マイクロシーベルトを1時間浴びたと
しても、致死量の十万分の一程度にしかなりません。全く心配する事はない。

もしかしたら福島の方は住み慣れた土地を離れて暮らす必要はあるかもしれませんが、
関東や、ましてや関西、九州に至っては全然心配する必要はないと思います。
それよりも風評被害や過度に心配することでの精神的ストレス、差別などが心配です。

自分は原発反対論者ではありません。しかしアメリカがスリーマイル島事故の後、
新しい原発を30年間も建設出来なかった事実を考えると、日本もこれ以上の原発を
作る事は難しい気がします。現在、稼働している50基ほどの原発をいかに安全に
動かしながら、再生可能エネルギー(代替エネルギー)を模索したり、スマートグリッド
などの効率化システムを検討するしかないと思います。これは本当に難しい課題です。

これ以上、被害が大きくならないよう祈ります。また関係者のご尽力に感謝致します。

関連リンク: 炉心溶融


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Posted by iriekiriek at 2011年03月26日 14:19
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