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2010年10月02日

亀山社中

長崎にある亀山社中 - 長崎市亀山社中記念館へ行ってきました。
この施設は坂本龍馬ゆかりの亀山社中を長崎市が当時の姿により近い形で整備し、
幕末当時の姿により近い形で復元したもので平成21年8月にオープンしました。

土佐を脱藩した坂本龍馬は、勝海舟の下で神戸海軍操練所に学びましたが、その後閉鎖。
脱藩者の龍馬と同志たちは薩摩藩に保護され、鹿児島を経由して長崎へ移り住みました。そして、
薩摩藩や長崎商人小曽根家の援助を受け、日本最初の商社「亀山社中」を結成しました。

亀山社中は、慶応2年(1866)に長州藩のために薩摩藩名義で大量の小銃などを
購入・運搬しました。これがきっかけとなり、慶応2年(1866)1月の薩長盟約締結へと
時代は大きく変わっていく事になります。グラバー邸と並び、幕末日本を語る上で重要な場所です。

▼長崎市亀山社中記念館


長崎市街から車では入れない、細い道路や階段を15分ほど登って行った、
長崎の庶民の生活をうかがわせる民家が立ち並ぶ場所にあります。何故かネコが多い。
普段は閑静な場所だと思うのですが、NHK大河ドラマ「龍馬伝」放映中と言う事もあり、
記念館入館は20分待ちの状態・・・、こんな事で坂本龍馬人気を肌で感じました。

母屋は10畳、8畳、3畳の部屋と土間と想像よりもかなり小さい。母屋の北側には
土蔵と馬小屋もあったらしい。復刻したブーツや紋服、ピストル複製などの展示があり、
カラーに復元された坂本龍馬の写真の前で記念撮影が出来ます。書簡の展示がたくさん
ありましたが、こちらは当然撮影禁止でした。屋根裏も見る事ができます。

縁側からは長崎の街と港が一望できますが、龍馬もこの風景を毎日見ていたのだろうか?

▼坂本龍馬が愛用していたピストル

▼坂本龍馬が愛用していたブーツ


亀山社中は、その後、土佐藩から坂本龍馬の脱藩が許され、土佐藩に付属する
外郭機関として「海援隊」と改称されます。有名な船中八策、新政府綱領八策を策定します。
そして、その年に京都の近江屋で刺客に襲撃され暗殺され、33歳の激動の人生を終えます。
翌年、海援隊は解散されます。尚、武田鉄矢のバンド海援隊とは何の関係もありません。

関連リンク: グラバー園, 長崎新地中華街, 眼鏡橋

長崎市亀山社中記念館
長崎県長崎市伊良林2-7-24
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kameyama/index2.html

▼地図はこちら


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この記事へのコメント
私は40分待ちでした~。
あの階段が辛かった。リフトで行き来したかった。(笑)
Posted by パセリ at 2011年02月16日 22:42
>パセリさん
あれ、そうですね!展望台の所は人が多くて写真が撮れなかったんです。
亀山社中の並び時間は短いとは(でも暑かった)・・・意外です!
Posted by iriek at 2011年02月17日 21:58
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